【昭和の夏、日本の夏】蚊帳
蚊帳のある夏の夜
昔、まだ僕がとても小さな頃、お盆になると
父の田舎に行っていました。
とても田舎の小さな港町で
町はいつも魚のにおいがしていました。
僕ら家族は新幹線と電車を乗り継ぎ、
何時間も掛けて、やっと辿り着く町でした。
僕らが帰ると、おじいちゃんは僕を車の助手席に
乗っけて、花火を買いに連れてってくれます。
おじいちゃんと両手では抱えきれないくらいの花火を
買って帰ると、居間には長いテーブルがドンと置かれ、
そのテーブルの上には、港町だけあって、
あれやこれやの魚介類がところ狭しと並んでいました。
さあ、宴会の始まりです。
鯛の尾頭付きの「鯛の目玉」がおいしかった。
まるでうどんのように盛られた「イカの刺身」がおいしかった。
「貝入りの炊き込みごはん」がおいしかった。
宴もたけなわになると、知らないおじさんや、お隣の家族なんかもいて
もうわけがわからない。
同じような年頃の子供もいて、仲良くなると、
「遠い親戚だ」なんて言われ、
もちろんクーラーなんてものはなく、
家の鍵さえも付いていないような、そんな田舎でした。
僕ら子供はやがて眠くなってきます。
軒先でおじいちゃんと散々花火を楽しみ、
その間におばあちゃんが寝室に用意してくれるのは
蚊帳
でした。
この蚊帳がまたうれしかった。
小さな僕には、それはまるで秘密基地のような感覚で。
この蚊帳の中に僕と妹の布団が並べられ
蚊が侵入しないようにそっと蚊帳の下から中に滑り込むのです。
「はい、これ、つかいんさい」と、うちわを渡され、
僕らはその異空間に興奮し、なかなか眠れなかったのを覚えています。
やがて、「ピーヒョロロロ」の鳴き声で朝を迎え、
窓から見える空には旋回するとんびが見えました。
汗でびっしょりになったランニングシャツで
「さて、今日は何をしようか」と夏の一日が始まるのです。