あの日の野球少年
あの夏の日、僕らは汗まみれで白球を追った。
手のひらのマメがつぶれてもバットを振った。
ただ、あいつらみたいになりたくて。
ただ白球を追いかけて
僕ら野球少年にとって
彼は「完全無欠のヒーロー」だった。
歳も、それほどはなれているわけでもなく
けれど、絶対に手の届かない存在だった。
彼、そして彼らは憧れを超えたヒーローだった。
天才打者と天才投手。
一年生で四番とエース。
簡単にレフトスタンドに持っていくホームラン
精密機械のようなコントロール。
当時は無敵と思われた、徳島・池田高校。
蔦監督率いる「やまびこ打線」に
阿波の金太郎こと水野選手。
江上選手に畠山選手の強力打線をもってしても
PL学園・エース桑田の前にはかなわなかった。
そして、彼はその中心にいた。
それから、彼は歳をとった。
僕らも歳をとった。
彼はエラーをした。
ひとつのエラーが
試合をぶち壊しにすることも知っているだろう。
ひとつのエラーが
負けにつながることも知っているだろう。
おそらく、もう取り返しはつかないだろう。
僕らの「ヒーロー」は消えた。
しかし、彼を「ヒーロー」だと信じる者が
少なくとも二人はいることだろう。
僕らは教わった。
「エラーをしないためには練習を重ねることだ」と。
彼は「あの日の野球少年」のように練習するしかない。
そして、あの日に戻らなければならない。